珍しいエスカレーターが日本にあった!?エスカレーターにまつわる豆知識も紹介!

エスカレーター 意外な雑学

デパートやショッピングセンターには必ずと言っていいほどあるエスカレーター。

体力を使わず上下階に行くことができるので非常に便利ですね。

僕もエレベーターよりエスカレーターの方が圧迫感がなく、乗っているときのあの感覚が心地いいのでよく利用してます。

 

そんなエレベーターですが、日本には珍しいエスカレーターがあるのをご存知でしょうか。

そこで今回は珍しいエスカレーターが日本にはあることについて紹介したいと思います。

またエスカレーターにまつわる豆知識も紹介しますので、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

 

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そもそもエレベーターはいつできたのか?

今や当たり前のように使用しているエレベーター。

そのエレベーターはいつからあったのでしょうか。

 

1892年に世界初のエレベーターが誕生した!

1892年、ジョージ・H・ウィラーという人が、機械で動く移動式手すりのエレベーターが発明されたのですが、この時のエレベーターまだ今と比べると、安全性が低く危険でした。

今のような安全性があるエレベーターは1900年に誕生し、ニューヨークの駅に設置されたのが初めてなんですね。

 

100年以上も前からエスカレーターが存在していたとは、驚きですね。

 

日本では1914年に誕生した!

続いて日本では1914年に日本橋にある三越呉服店(後の三越百貨店)に日本で初めて、

エレベーターが導入されたんですね。

 

ところが、1923年に起こった関東大震災によって、焼失してしまう悲劇にみまわれ、

日本初のエレベーターはもう見ることができなくなってしまったんですね。

ちなみに日本初のエレベーターを導入したことで知られる凌雲閣も関東大震災によって、

倒壊してしまい、こちらももう見ることができなくなってしまっているんです。

 

せっかく日本初のものとして導入されたのに、短い期間でなくなってしまうのは、

本当に残念ですね。

どんな感じであったのか見てみたかったです。

 

珍しいエスカレーターはいったいどんなもの?

それでは本題に入ります。

 

みなさんおなじみであるエスカレーター。

日本にはちょっと変わったエスカレーターがあったんですね。

その珍しいエスカレーターとはずばり5段だけのエスカレーターなんです!

 

 

そのエスカレーターがこちら!

確かにあまりにも短くて、あっという間に上にいっちゃいますね(笑)

 

珍しいエスカレーターがある場所は神奈川県川崎の地下街にあるアゼリアから百貨店である岡田屋モアーズにつながる通路にあるエスカレーターで、エスカレーターの昇降時間はわずか5秒

 

このエスカレーターはプチカレーターという名前で親しまれており、

世界一短いエスカレーターとしてギネスに登録されているんですね。

 

こんなに短いエスカレーターをなぜ作らなければならなかったのでしょうか。

公式サイトによれば、なんでもエスカレーターを作ろうとしたのですが、途中で床下に太いはりがあったことが原因で、エスカレーターを作るのをやめようとしたのですが、

やはりお客様に少しでもサービスをするために、途中まで作ったエスカレーターが、

この世界一短いエスカレーターとなったわけなんです。

 

意味もなく、このエスカレーターを作ったのかと思いましたが、

やはり意味があって作られたのですね。

 

 

ちなみに最も長いエスカレーターは香川県丸亀市のニューレオマワールドにあるマジックストローというエスカレーターで、その長さたるや、96メートルもの長さなんです!

そのエレベーターがこちら!

とても長いエスカレーターで、上の方から下を見たら、すごく怖そうです。(汗)

 

 

豆知識:関東関西ではエレベーターに乗るときどちら側に立つのか?

ここでエスカレーターにまつわる豆知識を紹介します。

みなさんはエスカレーターに乗った時、どちらの側に立ちますか。

僕は右かな!

私は左ね。

お二人とも違いますね。

実は地域によってどちら側に立つか、違っていたんです。

 

その地域とは関東関西で違ってくるんですね。

関東は左側に立ち、関西では右側にたつんです。

 

ではいったいなぜそのようになったのか、順にみていきましょう。

 

なぜ関東では左側に立つのか?

 

まず関東ですが、左側に立つようになったのは諸説ありますが、

有力されている説を2つ紹介します。

 

  • 武士の刀が関係していた説

まず1つ目の説ですが、今も昔も日本人は右利きの人が多く、武士で右利きの人は、左側に

刀を差して歩くのですが、右側を歩いてしまうと、刀がすれ違う人にあたってしまうとまずいので、左側を歩いて刀がぶつからないようにしていたのが、関東では左側に立つようになったのだと言われているんだそう。

  • 歩行者は右側を歩くというルールに関係した説

続いて2つ目の説ですが、日本では歩行者が右側を歩くというルールが敷かれており、

それにならって立ち止まる場合においては左側に立つようになったことから、左側に立つようになったという説があります。

 

関西ではなぜ右側に立つのか?

つづいてなぜ関西では右側に立つのか説明しますが、こちらも諸説あり、

その中でも有力な2つの説を紹介します。

 

  • アナウンスをしたことによる説

まずこちらの説ですが、1967年に阪急梅田駅にエスカレーターが設置されたのですが、

エスカレーターに乗っていた人をみてみると、

 

 

 

右の手すりにつかまった人が多かったために、

アナウンスで、右側に立つことをよびかけたところ、それがやがてどんどん広まった

 

 

 

という説です。

 

  • 大阪万博で徹底された説

つづいてこちらの説ですが、1970年に開催された大阪万博において、

そのころヨーロッパのエスカレーターでは右側にたつことが一般的であったため、

それにならって、関西も右側にたつようになったという説です。

 

ちなみに、関東関西では立ち位置が違うという話をしましたが、

実はステップの中央にたって、立ち止まって乗ることが、

安全性のある正しい乗り方なんですね。ですので左右どちらかに立って乗るのは、

本来は誤った乗り方だったんですね。

 

 

以上エレベーターにまつわる豆知識でした!

 

さいごに

いかがでしたでしょうか。

今回は珍しいエスカレーターが日本にあった!ということについてと、

エレベーターにまつわる豆知識を紹介しました。

 

まさか5段しかないエスカレーターがあったとは驚きですね。

みなさんももし岡田屋モアーズの近くに行くことがあったら、

このエスカレーターをみてみるのもいいかもしれないですね。

 

僕も近くに行く用があったらぜひ見て見たいです!

 

それではまた!

最後まで読んでいただきありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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