和食の定番中の定番ともいうべき肉じゃが。
おふくろの味として、大変人気がある和食料理で、
おそらくほとんどの人が食べたことがあると思います。
さらに手軽に作れてなおかつおいしいので、忙しい時でももってこいですね。
そんな肉じゃがですが、どのようにして誕生したのかご存知でしょうか?
実はとある海軍司令長官が活躍していたんです!
それでは今回は肉じゃがが誕生したきっかけについて紹介したいと思います。
肉じゃがの誕生のきっかけはある料理の失敗作から!
多くの人に親しまれている肉じゃがですが実は明治の海軍司令長官東郷平八郎が
考案したといわれています。そのいきさつはこうです。
彼はイギリスにあるポーツマスに留学をしていました。するとそこで、ビーフシチューが出され、
それを口にしたら、あまりにもおいしかったので、日本に帰国後、料理長にビーフシチューを作ってくれと頼みます。
しかし、料理長はビーフシチューを知らなかったので、彼の話をヒントにして、作ろうとするのですが、デミグラスソースが当時の日本にはなく、かわりに、醤油や砂糖で味付けします。
こうして、出来上がったのが、ビーフシチューではなく肉じゃがだったんですね。(笑)
ちなみに、誕生した時の呼び名は肉じゃがではなく甘煮と言われていたらしいです。
番外編:発祥の地を巡って論争が巻き起こっている。
料理長の失敗作から生まれた肉じゃがですが、実は20数年前から、事件が。
その事件というのが
東郷平八郎が赴任していた広島県の呉市と、京都府の舞鶴との間で
発祥の地を巡っての論争が勃発していたらしいとのこと。
しかし現在は発祥の地は両方という意見で落ち着いているらしいです。
ちなみに呉市の肉じゃがはメークインを使用し、一方の舞鶴の肉じゃがは男爵イモを使っているとか。
さいごに
いかがでしたでしょうか。
今回は肉じゃがが誕生したきっかけについて紹介しました。
肉じゃががまさかビーフシチューの失敗作から生まれたなんて非常に驚きましたね。
東郷平八郎自身もビーフシチューを作ってもらうつもりが、肉じゃがになってしまって、
いざ食べてみたら、思いのほかおいしい料理ができてしまったわけだから、
非常に驚いたでしょうね。
もしも料理長がビーフシチューを作っていたら、肉じゃがは生み出されていなくて、
食べられなかったかもしれません。
そう思うと、失敗して本当によかったなと思います(笑)
料理長に大感謝ですね。まさに失敗は成功のもととはこのこと。
それではまた!
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