増田恵子(ピンクレディー・ケイ)の夫は社長の桑木知二!命より大切にしたある選択とは

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増田恵子 エンタメ

2026年1月23日放送の『徹子の部屋』に、元ピンク・レディーの増田恵子さんが出演しました。

 

ケイとして未唯さんと一緒に一世を風靡した増田恵子さん。

あの時代、テレビに雑誌に引っ張りだこで、誰もが知る国民的アイドルだったことは今も語り草ですね。

 

そんな増田恵子さんですが

私生活では2024年に最愛の夫・桑木知二さんを亡くしています。

 

桑木さんとはどんな方だったのか、どんな結婚生活を送っていたのか――

気になった方も多いのではないでしょうか。

 

ということで今回は、

 

✅ 夫・桑木知二のプロフィール

✅ 18年の時を越えてーー二人の愛の馴れ初め

✅ 結婚記念日によみがえる、二人だけの忘れられない味

✅ 命より大切にしたある選択

✅ 夫の生き方から学ぶ増田恵子の思い

 

まで、

二人の愛と絆が詰まった心温まるエピソードをたっぷりご紹介します。

 

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増田恵子の夫・桑木知二のプロフィール

 

桑木知二

出典:アメブロ

 

  • 名前: 桑木知二(くわき ともじ)
  • 生年月日: 1954年1月22日
  • 没年月日: 2024年8月21日(享年70歳)
  • 出身:東京都
  • 職業: 音響技術者、有限会社「ギルド・ジャパン」創設者兼社長

 

桑木知二さんは、映画やテレビ、CMの音を支えてきた音響技術者でした。



早稲田高等学校を卒業後、青山学院大学に進学するも中退し、

「音の世界で生きる」道を選びます。

 

その後、音響制作会社「ギルド・ジャパン」を立ち上げ、現場に立つことを何より大切にしました。

 

 

ところが2004年、会社の自己破産という大きな挫折を経験します、

それでも音響の仕事を手放すことはせず、専門学校で講師を務めるなど、

次の世代に技術を伝えることにも力を注ぎます。

 

 

そして2024年に膵臓がんを患い、同年8月21日に70歳で逝去されました。

 

なお二人の間に子供はいませんでしたが、その分、夫婦として向き合う時間を大切にし、

支え合いながら歩んできた人生だったようです。

 

 

18年の時を越えて――二人の愛の馴れ初め

増田恵子さんと桑木知二さんの出会いは、仕事がきっかけでした。



増田さんが出演したCM制作に、音響スタッフとして関わっていたのが桑木さん。

現場で顔を合わせるうちに、自然と距離が縮まっていきます。

 

やがて交際に発展しますが、二人は一度、別々の道を歩むことになります。

それでも関係が途切れることはなく、友人として時間を重ねていきました。



それから18年後。再び向き合ったとき、桑木さんの変わらない誠実さと、

増田さんを思いやる姿勢が、二人をもう一度強く結びつけます。

 

そして2002年、歌手・増田恵子さんと結婚。

 

増田恵子と桑木知二の結婚写真

出典:スポニチ

 

ちなみにプロポーズのときは、少し酔っていたそうで、何を言ったのかは

はっきり覚えていなかったのだとか。



それでも、その不器用さも含めて、二人らしい始まりだったのかもしれません。

 

 

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結婚記念日によみがえる、二人だけの忘れられない味

ピザトースト

出典:増田恵子公式オフィシャルブログ

 

 

増田恵子さんと夫・桑木知二さんの間には、大切な思い出があります。

 

結婚記念日に増田さんは、夫が生前よく作っていたピザトーストを再現することにしました。

 

トマトソースを手作りし、パンに塗ってチーズをのせ、オーブンで焼く――

特別な料理ではありませんが、そこには二人の時間が詰まっていました。

 

焼き上がったピザトーストを前に、増田さんは「トモが作った味みたい」と感じたそうです。

料理を通してよみがえったのは、何気ない日常や、穏やかに過ごした夫婦の時間でした。

 

このピザトーストは、ただの食事ではなく、夫婦の思い出そのもの。

日常の中にあった小さな幸せが、今も増田さんの心を温め続けています。

 

 

 

 

命より大切にしたある選択

桑木知二さんが膵臓がんと診断されたのは、体調を崩してから間もない頃でした。

病気は肝臓にも転移し、厳しい現実を前に、二人は何度も話し合ったといいます。

 

その中で選んだのが、「命の長さよりも、生活の質を大切にする」という生き方でした。

 

治療を続けながらも、ただ時間を延ばすのではなく、

笑顔で過ごせる日々を一日一日丁寧に重ねていく――それが二人の答えでした。

 

何気ない食事や、並んで過ごす時間。そんな日常のひとつひとつが、

かけがえのないものになっていきます。

 

桑木さんは「必ずライブに行くからね」と話していたそうですが、

その約束が叶うことはありませんでした。

 

それでも増田恵子さんは、夫が自分の歌を心から愛してくれていたことを胸に、

これからも歌い続けると語っています。



どう生きるかを選び抜いた二人の時間は、今も彼女の中で静かに息づいているのです。

 

 

夫の生き方から学ぶ増田恵子の思い

 

桑木知二さんの生き方は、今も増田恵子さんの心に静かに息づいています。

 

自己破産や病と向き合いながらも、愚痴をこぼさず最後まで自分の足で歩き続けた桑木さん。

その姿は、言葉以上に多くのことを教えてくれました。

 

苦しい状況でも、そばにいる人を気づかい、前を向く夫。増田さんにとって、

それは大きな支えであり、心の拠りどころでした。

 

歌っている君が一番好きだ



最期に残されたこの言葉は、今も増田さんの胸で響き続けています。

だから彼女は、歌うことをやめません。

 

ステージに立つたび、そこにはきっと夫の想いも一緒にあるのでしょう。

 

最愛の夫は膵臓がんで他界。

 

静かに余命を受け入れ、自分らしく笑顔で最期まで生き抜いた桑木さんのため、

増田さんも笑顔で丁寧な暮らしを続けることを決意しました。

 

 

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まとめ

今回は増田恵子さんの夫・桑木知二さんについてまとめました。

 

増田恵子さんと桑木知二さんの人生から、特別なことではなくても、

互いを思いやる日々の積み重ねこそが本当の幸せということが伝わってきます。

 

小さな笑顔や並んで過ごす時間、そして何気ない「普通の瞬間」が、

かけがえのない宝物になっている――。

 

桑木さんの誠実な生き方と愛は、今も増田さんの胸の中で静かに息づき、

支え続けていることでしょう。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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