「想い出の渚」を生み出した加瀬邦彦さん。
日本のグループサウンズを代表する音楽家です。
しかし、その物語はヒット曲だけでは語りきれません。
ステージの裏側には、
あまり知られていない、もうひとつの人生があります。
受け継がれた音。
そして、それぞれが選んだ道。
ちなみに、加瀬邦彦さんの妻について知りたい方は以下の記事も参考になります。
どんな家庭で育ったのか、家族の素顔に触れることができます。
ということで、今回は、
そんな加瀬邦彦さんの息子について紹介したいと思います。
加瀬邦彦の次男・加瀬友貴
加瀬友貴のプロフィール&経歴


- 名前:加瀬 友貴(かせ ともたか)
- 生年月日:1982年5月21日
- 年齢:43歳(2026年3月現在)
- 出身:東京都
- 最終学歴:青山学院大学卒
- 職業:ミュージシャン(ザ・ワイルドワンズのメンバー)
次男の友貴さんは、幼い頃から父・邦彦さんの周りで音楽に触れながら育ちました。
実は、歌手になることは邦彦さんから反対されていたそうです。
音楽業界の厳しさを知る邦彦さんは、「息子には苦労させたくない」と言ったとか。
それでも友貴さんは音楽への情熱を捨てきれず、ギターや歌の腕を磨き続けました。
大学を卒業した後は、父が銀座で経営していたライブハウスを手伝いながら、
音楽の世界での経験を積みます。
その後、ザ・ワイルドワンズに正式メンバーとして加入。
父の背中を追う形でステージに立つことになりました。
父が遺した一枚の楽譜――受け継がれた未完のメロディ
実は父・加瀬邦彦さんには、未発表のまま残された曲がありました。
亡くなった後、遺品整理の中で見つかった一枚の楽譜。
「ブルー・ムーン(仮)」と書かれていたその旋律は、のちに『蒼い月の唄』として完成します。
ザ・ワイルドワンズのメンバーが想いを込めて仕上げた一曲でした。
そして50周年記念・追悼コンサート。
息子の加瀬友貴さんがギターとコーラスで参加し、父のパートを歌い演奏します。
首を少し傾げる仕草、ギターの構え方、声の響き。
「やっぱり似ているな」――そんな声が自然と上がったといいます。
出典:スポニチ
そこにいないはずの邦彦さんの存在を、音楽がそっと感じさせた瞬間でした。
ちなみに現在視聴できるのはメンバーの島英二さんが歌うバージョンですが、
気になる方はぜひチェックしてみてください。
哀愁漂うメロディと歌詞には、
邦彦さんの存在が今もステージに生きているような温かさが感じられます。
次男・加瀬友貴の現在
ワイルドワンズの一員として歩む今


加瀬友貴さんは、現在もザ・ワイルドワンズのメンバーとして
リードギターとボーカルを担当しています。
バンドの中では最年少ですが、ただの“若手”ではありません。
邦彦さんが鳴らしてきた音楽を受け継ぎながら、自分の音としてステージに立っています。
2026年には結成60周年。
全国ツアーや新しいアルバムの予定もあり、バンドは今も現役で走り続けています。
銀座のステージでつなぐ音


月に2回、銀座の「ケネディハウス」でライブを行う友貴さん。
ここは、かつて邦彦さんがオーナーを務めていた場所です。
同じ空間でギターを構え、同じように音を届ける。
それは特別なことを語らなくても、自然と“つながり”を感じさせる時間。
邦彦さんが大切にした音楽は、今も止まっていません。
静かに、でも確かに、受け継がれています。
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加瀬邦彦の長男・加瀬公貴
父と同じ舞台には立たなかった息子の意外な選択
加瀬邦彦さんの長男・公貴さんは、父と同じステージには立ちませんでした。
大学卒業後、大手電機会社に就職。
けれど、その安定した道をわずか8か月で辞めます。
その理由は、
「子どもたちを笑顔にする仕事がしたい」と、
とても静かで、でも強いものでした。
そして選んだのが、幼稚園の先生だったのです。


邦彦さんは当然心配しました。
それでも最後は、息子の決断を受け止めました。
出典:楽天ブログ
何万人を前に歌った父。
目の前の子どもたちを笑顔にする息子。
舞台は違っても、
人を楽しませたいという想いは、どこか重なっている気がします
長男・加瀬公貴の現在
加瀬邦彦さんの長男・公貴さんは、今も芸能の世界には立っていません。
現在も一般の仕事を続けているとされ、表舞台に出ることはほとんどありません。
だからこそ、詳しい情報は多くありません。
まとめ
今回は、加瀬邦彦さんの息子についてまとめました。
同じ父を持ちながら、歩んだ道はまったく違うふたり。
それでもどこかに、確かなつながりを感じます。
音楽の世界で鳴り続ける音も、
日常の中で重ねていく時間も、どちらも大切な人生。
これから先、それぞれがどんな景色を見せてくれるのか。
今後の活動が気になります。
最後までお読みいただきありがとうございました。

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