宇野千代の4番目の夫は小説家の北原武夫!結婚に隠された驚きの秘密と借金返済後の予想外の展開

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エンタメ

恋も仕事も自分らしく突き進み、98年の生涯を生き抜いた作家・宇野千代さん。

そんな宇野千代さんの4番目の夫が、小説家の北原武夫さんです。

 

実は2人は、ある意外な日に特別な意味を込めて結婚してたんです!

そして結婚生活も、多額の借金を抱えたりと、決して平坦なものではありませんでした。

さらに、長きにわたる結婚生活の末に迎えた離婚が、まさかの理由によるものだったのです。

 

そこで今回は、北原武夫さんのプロフィールや経歴、宇野千代さんとの馴れ初めや結婚生活、

離婚の背景、そして晩年まで紹介します。

 

 

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宇野千代の4番目の夫・北原武夫のプロフィール

 

北原武夫

 

 

  • 氏名:北原武夫(きたはら・たけお)
  • 生年月日:1907年2月28日
  • 没年月日:1973年9月29日
  • 職業:小説家・文芸評論家
  • 最終学歴:慶應義塾大学文学部卒

 

 

 

 

北原武夫の経歴

北原武夫さんは大学卒業後、「都新聞」に入社します。

 

その一方で文学への思いも強く、1933年(昭和8年)には坂口安吾らと同人雑誌『桜』を創刊。

新聞記者として働きながら、少しずつ作家としての活動にも力を入れていきました。

 

そんな北原さんの名前が広く知られるようになったきっかけが、

1938年(昭和13年)に発表した小説『妻』です。

この作品が芥川賞候補となり、作家として注目されるようになりました。

 

その後も『門』『桜ホテル』などの作品を発表。

小説だけでなく、評論や随筆も手がけ、男女の愛や人間の心理を描いた作品を数多く残しています。

 

 

宇野千代と北原武夫の馴れ初め

10歳年下の新聞記者に惹かれた宇野千代

 

宇野千代さんと北原武夫さんの出会いは取材でした。

 

当時の千代さんは、女性向けファッション誌『スタイル』を創刊したばかり。

そんな千代さんを取材するために訪ねてきたのが、

都新聞の記者だった10歳年下の北原武夫さんでした。

 

千代さんは北原さんの端正な顔立ちや文学的な才能に惹かれ、

2人はどんどん親しくなっていきます。

千代さんが北原さんに会うため、都新聞社へ何度も足を運んだともいわれています。

 

やがて北原さんは新聞社を辞め、『スタイル』の編集にも参加。

さらに千代さんは、北原さんが文学に打ち込める場を作ろうと、

月刊文芸誌『文體』まで創刊しました。

 

 

『文體』には三好達治さんや井伏鱒二さんなども参加しており、2人は恋人というだけでなく、

仕事や文学を一緒に進めるパートナーになっていきました。

 

結婚式は4月1日!2人がこの日を選んだ理由

 

そして2人は1939年4月1日、帝国ホテルで結婚式を挙げました。

実はこの日を選んだのには理由があり、4月1日は2人が初めて出会った日だったのです。

 

しかもエイプリルフール当日。

周囲からは「本当に結婚するの?」と、冗談だと思われたそうです。

 

千代さん42歳、北原さん32歳。

千代さんにとっては4度目、北原さんにとっては2度目の結婚でした。

 

宇野千代と北原武夫の結婚写真

出典:『宇野千代 女の一生』

 

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宇野千代と北原武夫、苦難をともにした結婚生活

戦地へ向かった夫、宇野千代が綴った『妻の手紙』

 

文学を愛した宇野千代さんと北原武夫さんは、夫婦として暮らすだけでなく、

雑誌の仕事にも一緒に取り組んでいました。

 

しかしそんな2人の生活を大きく変えてしまったのが戦争でした。

 

太平洋戦争が始まると、北原さんは陸軍報道員として徴用され、

1942年にはジャワ島へ派遣されることに。

 

いつ帰ってこられるのか分からない夫を送り出した千代さんは、

離れて暮らす寂しさや夫の無事を願う気持ちを『妻の手紙』に綴りました。

 

この作品は戦地へ家族を送り出した当時の女性たちの思いとも重なるものとして、

多くの共感を集めたそうです。

 

さらに戦争の影響で、2人が手掛けていた『スタイル』誌も休刊となりました。

それでも宇野は創作を続け、徳島での取材をもとに作品を書くなど、新たな表現にも挑戦していきます。

 

夫と離れて過ごすことになったこの時期は、千代さんにとって決して楽なものではありませんでした。

しかし、その思いは作品へと形を変えていったのです。

 

 

 

会社が倒産、多額の借金を2人で返済

 

スタイルの関連画像

出典:宇野千代ー岩国の旅ー

 

戦後になると、宇野千代さんと北原武夫さんは再び仕事で手を組みます。

 

1946年にはスタイル社を再建し、北原が社長、宇野が副社長となって『スタイル』を復刊。

戦後の物資不足の中でも大きな反響を呼びました。

 

しかし、順調に見えた会社経営は次第に苦しくなり、スタイル社は倒産してしまいます。

 

しかも、2人は会社の借金に個人保証を付けていたため、

倒産した後も多額の負債を抱えることになりました。

 

そこで宇野は文筆活動だけでなく、着物の商売にも乗り出します。

これが後の「宇野千代株式会社」へとつながっていきました。

 

 

一方の北原も、純文学だけでは生活が成り立たなかったことから、中間小説などにも取り組みます。

 

2人はそれぞれ別々に仕事をしながら、月末になると稼いだお金を持ち寄り、

少しずつ借金を返していったといいます。

互いが何をしているのか分からないほど、それぞれの仕事に追われることもあったそうです。

 

そして1964年春、ついに長年抱えてきた負債を完済。

長い返済生活を終えるまで、千代さんと北原さんは、それぞれの仕事で得た収入を持ち寄りながら、

夫婦で会社の借金に向き合っていたのです。

 

 

 

宇野千代と北原武夫はなぜ離婚した?

離婚のきっかけは、借金を返し終えたこと?

宇野千代さんと北原武夫さんは、結婚から25年後の1964年に離婚しました。

離婚の大きな転機となったのは、2人が長年抱えていた借金をすべて返し終えたことでした。

 

1964年春、ようやく借金の返済を終えると、2人はまさかの展開を迎えます。

 

その直後北原さんから宇野さんへ「もし出来たら、別れてくれないか」と

なんと離婚を切り出したのでした。

 

すると宇野さんは「ええ、いいわよ」とすんなり応じたそうです。

 

宇野さん自身も、借金という2人に共通する責任がなくなれば、

私たちを結びつけるものもなくなるのではないか」と感じていたと回想しています。

 

5年もの間、2人で借金を返し続けてきただけに、

「借金を返し終えたら、むしろ夫婦の絆が強くなったのでは?」と思ってしまいますよね。

 

ところが、2人にとっては、長年続いた苦労が終わったことが、

夫婦関係の大きな区切りにもなったようです。

 

北原武夫には再婚の意思もあった

 

また、北原さんは宇野千代さんと結婚していた頃から、

女優の公卿敬子さんと親密な関係にあったそうです。

 

そして宇野さんとの離婚から1年後の1965年、その女性と再婚しました。

 

こうしたことから、離婚には借金を返し終えたことだけでなく、

2人の夫婦関係の変化や、北原さんと公卿敬子さんとの関係も影響していたのかもしれません。

 

宇野千代と北原武夫に子供はいる?

宇野千代さんと北原武夫さんの間に、実の子供はいませんでした。

 

ただ、北原武夫さんには前妻との間に娘の北原ミキさんがいました。

宇野千代さんと北原武夫さんが1939年に結婚したことで、宇野さんにとっては継娘にあたります。

 

ところが、ミキさんは結婚からわずか数か月後の1939年7月、7歳という若さで亡くなっています。

 

 

北原武夫の晩年

離婚後も、作家として作品を発表

 

1964年に宇野千代さんと離婚した北原武夫さんは、その後も作家・評論家として執筆を続けました。

 

翌1965年には、まるで自身の離婚を思わせる『別離』を発表。

その後も男女の愛や欲望、複雑な人間心理を描いた作品を次々と発表しています。

 

1971年には『霧雨』が谷崎潤一郎賞の候補となり、

翌1972年には代表作の一つとされる『情人』を刊行。

 

小説だけでなく、『告白的女性論』などの女性論や文芸評論にも取り組み、

文学への情熱を持ち続けました。

 

しかし、晩年は糖尿病を患い、

1973年9月29日、腎不全のため慶應義塾大学病院で亡くなりました。66歳でした。

 

 

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まとめ

今回は、宇野千代さんの4番目の夫・北原武夫さんのプロフィールや経歴、2人の馴れ初めから結婚生活

離婚、そして晩年まで紹介しました。

 

2人は取材をきっかけに出会い、文学や仕事をともにしながら結婚。

その後は戦争による別居や会社の倒産、長い借金返済など、さまざまな苦難を乗り越えていきました。

 

2人で力を合わせて借金を返済したと知ると、夫婦の絆もきっと深まったのだろうと思いきや、

借金を返し終えたあとにまさか離婚していたとは驚きでした。

 

夫婦って本当に不思議なものですね。

25年という長い結婚生活には、きっと2人にしか分からない思いもあったのでしょう。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

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