岩崎宏美の父・兼三はどんな人?厳格な父の意外な素顔と親子を待ち受けた思いもよらぬ試練

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エンタメ

 

父・兼三さん、母・スエさんを両親に持つ歌手の岩崎宏美さん。

実は、父・兼三さんには、意外な腕前がありました。

 

また、歌手活動をめぐる父と宏美さんの間には、思いもよらない展開が待っていたのです。

さらに、父の晩年には家族を揺るがす出来事も。

 

そこで今回は、岩崎宏美さんの両親はどんな人なのか、生い立ちや親子エピソード、

そして父・兼三さんの晩年について紹介します。

 

 

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岩崎宏美の父はどんな人?

 

 

岩崎宏美さんの父・岩崎兼三さんは、木工機械の輸入販売会社を経営する実業家でした。

さらに剣道八段の腕前を持ち、師範としても活動していたそうです。

 

宏美さんによると、父は厳しく、気に入らないことがあるとすぐ怒鳴るような人だったそうです。

 

そんな厳格な父親というイメージの兼三さんですが、孫や犬には優しかったのだとか。

 

また、兼三さんは動物が大好きで、伝書鳩を熱心に飼育していたほか、

シェパードやチャボ、鯉なども飼っていたそうです。

 

 

 

岩崎宏美の父の生い立ちから娘の誕生まで

岩崎宏美さんの父・岩崎兼三さんのルーツは、新潟県の佐渡島にありました。

 

先祖は佐渡金山の麓に広がる町で暮らしていましたが、

時代の流れとともに島を離れ、東京へ移住。

 

兼三さんの父・容久さんも上京後、製材所で働いていました。

しかし、東京大空襲によって住まいも仕事も失ってしまいます。

 

それでも、容久さんは戦後に製材加工機の販売会社を立ち上げ、再び事業を始めました。

さらに、GHQの占領下で禁止されていた剣道の復活にも力を注いだといいます。

 

そんな一家のもとで育った兼三さんは、やがて東京でスエさんと出会います。

当時、スエさんは姉夫婦が営む店で働いていました。

 

そして二人はやがて結婚し、1958年に長女の宏美さんがここに誕生したのでした。

 

岩崎宏美の父・兼三と若い頃の岩崎宏美・良美姉妹

出典:岩崎宏美公式インスタグラム

 

一方、宏美さんの母・スエさんは、父・兼三さんとはまた違った一面を持つ人物でした。

 

娘の宏美さんとの間には、思わず気になってしまうようなエピソードも。

さらに、その生い立ちをたどると、意外な過去も見えてきます。

 

 

歌手活動に猛反対した父が認めた、岩崎宏美の転機

岩崎宏美さんの父・兼三さんは、娘の歌手活動に強く反対していました。

 

宏美さんが「スター誕生!」の決戦大会でスカウトされ、デビューが決まったときも、

父は「俺は聞いてない」と反対。宏美さんにとって父は怖い存在で、

これまで一度も口答えしたことがなかったそうです。

 

それでも、歌手になる夢を諦めたくなかった宏美さん。

「ここで我慢したら絶対後悔するな」と思い、「じゃあ、20歳までということでお願いします」と

父に伝えると、返事を待たずに部屋を出たといいます。

 

デビュー後も父の反対は続きました。「ロマンス」がヒットしていても、

宏美さんが家で疲れた様子を見せると、「明日すぐやめろ」と言われたそうです。

 

そんな父の態度が変わるきっかけになったのが、

宏美さんが19歳のときに歌い始めた「思秋期」でした。

 

宏美さん自身も、この曲が父を説得してくれたのだと振り返っています。

父も周囲に「ひと皮もふた皮も向けた歌手になった」と話していたそうです。

 

 

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岩崎宏美の父・兼三の晩年|離婚、娘との決別、そして最期

会社を手放した父と、娘たちのマネジメント

 

岩崎宏美さんの父・兼三さんは、1985年に先代から続く材木機械の会社を手放しました。

その後は娘たちのマネジメントに携わり、宏美さんの所属事務所「スリージー」の代表を

務めるようになります。

 

ところが、家族を取り巻く状況は次第に変わっていきました。

 

2002年5月、兼三さんは再婚を望んでいた女性と結婚するため、宏美さんの母と離婚。

 

母は妹の良美さんとともに家を出ましたが、

宏美さんは「老いたお父さんのことを思って」実家に残ることを選びました。

 

兼三さんは2003年に再婚。その後、年齢などを理由に会社の代表を宏美さんに譲りました。

 

再婚をめぐって父娘は決別、88歳で迎えた最期

 

2009年、宏美さんが今拓哉さんとの再婚を決めた際、兼三さんは婿養子に入ることを望みました。

しかし、今さんがこれを断ると、結婚に強く反対するようになります。

 

宏美さんは父の反対を押し切って今さんとの結婚を選び、実家を離れました。

これを機に、父娘の関係は大きく揺らぐことになります。

 

同年12月には、兼三さんが会社の役員から外され、

役員報酬や賃料の支払いをめぐって裁判にまで発展しました。

家族の問題は、会社をめぐる争いにも広がっていったのです。

 

それでも、父との思い出がすべて消えたわけではありません。

宏美さんは兼三さんとエジプトの寺院を訪れたこともあり、父と過ごした時間を振り返っています。

 

エジプトの寺院を訪れた岩崎宏美と父・兼三

出典:岩崎宏美公式インスタグラム

 

そして2016年3月30日、兼三さんは88歳で亡くなりました。

宏美さんは父への思いを込めて、「パパ88年間本当におつかれさまでした」と感謝の言葉を送りました。

 

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まとめ

今回は、岩崎宏美さんの父・兼三さんの人物像や生い立ち、母・スエさんとの出会い、

宏美さんとの親子エピソード、そして晩年について紹介しました。

 

厳格な父と、自分の道を貫いた宏美さん。

歌手活動への反対や家族とのすれ違いなど、二人の関係は決して平坦なものではありませんでした。

 

親子だからこそ、分かり合えないこともある。

それでも、長い年月をともに過ごした相手への思いは、簡単には割り切れないものなのかもしれませんね。

 

また、親が子どもの幸せを願っていても、その思いが必ずしも子どもに伝わるとは限りません。

家族だからこそ、互いの気持ちを理解することの難しさを感じさせられます。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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