宇野千代の同棲相手は画家の東郷青児!衝撃の馴れ初めや別れた理由、色ざんげに隠された秘密

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エンタメ

98年の生涯で4度の結婚を経験するなど、恋も人生も波乱に満ちた作家・宇野千代さん。

そんな千代さんの同棲相手だったのが、画家・東郷青児さんです。

 

実は2人の出会いは、かなり衝撃的だったのです!

さらに、千代さんが執筆した『色ざんげ』には、驚きの秘密が隠されていました。

 

そこで今回は、宇野千代さんの同棲相手・東郷青児さんのプロフィールや経歴、2人の馴れ初め、

『色ざんげ』、子供、そして晩年の活動まで詳しく紹介します。

 

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宇野千代の同棲相手・東郷青児のプロフィール

 

 

若い頃の東郷青児

 

  • 名前:東郷青児(とうごう・せいじ)
  • 本名:東郷鉄春
  • 生誕:1897年4月28日
  • 死去:1978年4月25日(享年80歳)
  • 職業:洋画家

 

 

 

東郷青児の経歴

 

東郷青児さんは、幼い頃から絵が好きで、18歳の頃には東京で初めて個展を開くなど、

若い頃から画家としての才能を見せていました。

 

「パラソルさせる女」を二科展(美術家たちの団体「二科会」の展覧会)に出品して賞を受賞すると、

未来派の影響を受けた前衛的な作品でも注目されるように。

 

東郷青児の作品
「パラソルさせる女」

出典:SOMPO美術館

 

その後、24歳でフランスへ渡り、約7年間にわたって西洋美術を学びました。

 

現地の芸術家たちとも交流し、帰国後は二科会を中心に活動。絵を描くだけでなく、

挿絵や壁画などにも取り組み、幅広い才能を発揮しています。

 

そして次第に、柔らかな筆致で描いた優美な女性像が人気を集めるように。

こうして東郷さんは、独特の世界観を持つ画家として広く知られるようになっていきました。

 

 

宇野千代と東郷青児の馴れ初めが衝撃的! 出会ったその日に・・・

心中未遂事件の取材で訪ねた東郷青児に、宇野千代が惹かれた!

 

宇野千代さんと東郷青児さんが出会ったのは、小説の取材でした。

 

当時33歳だった宇野さんは、二人目の夫だった作家・尾崎士郎さんと離婚したばかり。

一方の東郷さんも、壮絶な心中未遂事件を起こした直後でした。

 

そんな人生の大きな転機を迎えていた2人を結びつけたのは、意外にも恋愛ではなく、

宇野さんが執筆していた小説だったのです。

 

 

当時、宇野さんは『罌粟はなぜ紅い』を執筆しており、作品の中に情死の場面を書くため、

実際に心中未遂事件を起こした東郷さんに話を聞こうと、病床を訪ねました。

 

宇野さんが目にしたのは、そんな痛々しい姿の東郷さん。

ところが、そんな東郷さんに宇野さんは強く惹かれていきます。

 

出会ったその日に同棲!2人の関係はこうして始まった

 

東郷さんを訪ねた宇野さんでしたが、2人の関係は単なる小説の取材では終わりませんでした。

なんと、2人は出会ったその日のうちに同棲を始めることになったのです。

 

離婚したばかりだった宇野さんと、心中未遂事件の直後だった東郷さん。

ともに大きな出来事を経験したばかりの2人は、こうして急速に距離を縮めていきました。

 

若い頃の宇野千代と東郷青児

出典:宇野千代 女の一生

 

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宇野千代の代表作『色ざんげ』に隠された秘密

東郷青児との同棲生活は、宇野千代さんの文学にも大きな影響を与えました。

その中でも特に知られているのが、宇野さんの代表作の一つ『色ざんげ』です。

 

『色ざんげ』は、「中央公論」に連載され、後に単行本として刊行されました。

 

 

 

 

 

作品のモデルとなったのは、東郷青児さん。

 

宇野さんは東郷さんから、それまでの恋愛や女性関係について聞いた話をもとに、

物語を作り上げていきました。

 

2人が一緒に暮らしていたからこそ、

宇野さんは東郷さんから身近なところでさまざまな話を聞くことができたのかもしれません。

 

そして、そうした東郷さんとの日々や、

そこで聞いた話が『色ざんげ』という作品へとつながっていったのです。

 

東郷さん自身も後に、この作品について「最後の一行まで僕が話したことだ」と語ったといいます。

こうして生まれた『色ざんげ』は、宇野千代さんの代表作の一つとして残っていきました。

 

一緒に暮らしていた相手の恋愛話が、そのまま小説になったと思うとすごく興味深いですね。

しかも最後の1行まで本人が語っていたことを元に書いたと言うのだから、驚きです。

 

 

宇野千代と東郷青児が別れた理由は? 約4年の同棲生活に終止符を打った出来事

 

約4年間にわたって同棲生活を送った宇野千代さんと東郷青児さんですが、

2人の関係にもやがて終わりが訪れます。

 

別れを迎えたのは、1934年(昭和9年)のことでした。

 

2人の関係に大きな変化をもたらしたのが、

東郷さんと、かつて心中未遂事件を起こした相手・西崎盈子さんとの再会です。

 

東郷青児が元恋人と復縁!宇野千代が別れを決意した理由

 

同棲生活を送っていた東郷さんは、かつて深い関係にあった盈子さんと再会。

その後、2人は再び関係を深めていきました。

 

このことを知った宇野さんは、東郷さんとの別れを決意したそうです。

 

そして東郷さんは同じ年、盈子さんと結婚しました。

 

かつて人生を大きく揺るがした女性と、再び関係を結んだ東郷さん。

その事実が、宇野さんにとって大きな転機になったことは間違いなさそうです。

 

約4年の同棲生活に幕…宇野千代は新しい人生へ

もっとも、2人の関係が復縁だけで突然終わったわけではなく、

同棲生活の中ですでに少しずつ距離が生まれていたともいわれています。

 

こうして宇野さんは、東郷さんとの同棲生活は終わりを迎えることに。

 

別れを経験した宇野さんですが、いつまでも過去にとらわれるのではなく、

その後は新しい人生へと進んでいきました。

 

 

宇野千代と東郷青児に子供はいた? 意外な家族とのつながりも

宇野千代さんと東郷青児さんの間に実の子供はいません。

しかしなぜ子供を持たなかったのか、その理由については詳しい記録は残されていません。

 

東郷青児には息子・志馬がいた

 

ただ、東郷さんには宇野さんと暮らす前から、前妻との間に長男・志馬さんがいました。

 

宇野さんと東郷さんが同棲していた頃には、志馬さんも2人と一緒に暮らしていたそうです。

そのため、志馬さんは宇野さんにとっても身近な存在だったといいます。

 

東郷青児の娘・たまみとは親しい関係に

 

東郷たまみ

出典:『アサヒグラフ』1954年6月2日号/Wikimedia Commons

 

また東郷青児さんは宇野さんと別れた後、西條盈子さんとの間に娘・たまみさんをもうけています。

 

たまみさんが生まれたのは1940年(昭和15年)で、

宇野さんと東郷さんが別れてから数年後のことでした。

 

そんなたまみさんは後年、宇野さんとも親しく交流するようになり、

宇野さんから「我が子同然」のように思われていたそうです。

 

 

 

東郷青児の晩年は?最後まで活躍し続けた画家の人生

晩年の東郷青児

 

「二科会のドン」と呼ばれるほどの大物に!

 

戦後の東郷青児さんは、二科会の立て直しに力を尽くし、中心的な画家として活躍しました。

 

1961年には二科会の会長に就任。晩年には「二科会のドン」と呼ばれるほど、

画壇で大きな存在になっていきます。

 

一方で、戦独特な作風がマンネリ化し、「大衆受けを狙いすぎている」といった

批判を受けたことも。

 

しかし、70歳を過ぎても海外へ足を運び、各地の文化や芸術に触れるなど、

新しい刺激を求め続けていました。

 

1972年には、フランス政府から芸術文化勲章も贈られています。

 

 

80歳で死去…最後まで画家として走り続けた

 

東郷青児さんは1978年4月25日、熊本市で急性心不全のため80歳で亡くなりました。

その年には文化功労者にも選ばれています。

 

さらに、生前から東郷青児の作品を集めた美術館がつくられるなど、

画家としての存在感は最後まで大きなものでした。

 

80歳で人生を終えるまで、画家として走り続けた東郷青児さん。

その名前は、今も多くの作品とともに残されています。

 

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まとめ

今回は、宇野千代さんの同棲相手・東郷青児さんのプロフィールや経歴、2人の馴れ初め、

『色ざんげ』にまつわるエピソード、別れた理由、子供、そして晩年について紹介しました。

 

小説の取材をきっかけに出会った2人は、約4年間にわたって一緒に暮らし、

その時間は宇野さんの代表作の一つ『色ざんげ』にもつながっていきました。

 

その後、2人は別々の道を歩むことになりますが、

一緒に過ごした時間が作品として残っているのは、とても興味深いですよね。

 

人生では、ずっと一緒にいる人だけが大切な存在とは限りません。

たとえ別れることになったとしても、その人との出会いや過ごした時間が、

その後の人生に何かを残すこともあります。

 

そう考えると、宇野千代さんにとって東郷青児さんとの約4年間は、恋愛の一ページというだけではなく、

その後の人生や文学にもつながる大切な時間だったのかもしれません。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

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