2018年に惜しまれつつ亡くなった名優・大杉漣さん。
その温かい人柄と圧倒的な演技力で多くのファンに愛され、いまなお語り継がれる存在です。
そんな大杉漣さんを長年支え続けた奥さまは、どんな人物だったのでしょうか。
そこで今回は、奥さま・弘美さんの人物像やおふたりの馴れ初め、さらには家族との心温まる
エピソードについても詳しくご紹介します。
大杉漣さんの奥さんのプロフィール

出典:ムービーウォーカープレス
- 名前:大杉 弘美(おおすぎ ひろみ)
- 生年月:1953年
- 年齢:73歳(2026年3月現在)
- 職業:元女優・芸能事務所経営者
大杉漣さんの妻である大杉弘美(おおすぎ ひろみ)さんは、かつて女優として活動していました。
若い頃は舞台の世界で活動していましたが、結婚後は芸能界を引退。
その後は表舞台に立つのではなく、裏方として夫の活動を支える道を選びました。
大杉漣さんが所属していた芸能事務所「ザッコ」にも関わり、
長年にわたって俳優としての活動を支えてきた存在でもあります。
華やかな俳優人生の裏には、家庭を守りながら支え続けてきた弘美さんの存在がありました。
表にはあまり出ることのない方ですが、
大杉漣さんにとって欠かせないパートナーだったことは間違いないでしょう。
大杉漣と妻の馴れ初め!妊娠がきっかけの無断入籍の真相
大杉漣さんと奥さま・弘美さんの出会いは、舞台俳優を目指していた頃。
2人は「自由劇場」の養成所で出会い、やがて恋に落ちました。
当時の大杉さんは、役者の仕事だけでは生活が成り立たず、
音楽関係のアルバイトもしながら夢を追いかけていた時代。
そんな厳しい下積みのなか、ふたりは約9年間にもわたって同棲生活を送っていたそうです。
やがて、弘美さんの妊娠が発覚。
するとある日、大杉さんが帰宅すると奥さんから、
「籍、入れたから」と告げられました。
なんと、彼の知らぬ間に“サプライズ入籍”がすんでいたのです!
驚く大杉さんをよそに、入籍の理由はとても現実的なものでした。
出産一時金を受け取り、生まれてくる子どもとの生活に備えるためだったのです。
同棲というか、グダグダ過ごしている時期が9年ぐらいあったのですが、その時、彼女は妊娠していました。それで、妊娠して子供が生まれるというので、ある日、家に帰ったら「籍入れたから」と、言われたんです。今でも忘れないですけどね。「それってサ、合意のもと?」と思いましたけどね
出典:女性自身
どこかドラマのようで、奥さんのしっかり者ぶりと、現実を見据えたたくましさが感じられます。
一方で、「籍入れたから」とサラッと言えてしまう行動力にも驚きますよね。
自由奔放でありながら、家庭を守る覚悟のようなものも伝わってきて、微笑ましいです😊
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近所の人も驚いた…大杉漣の優しすぎる素顔
結婚後も夫婦仲は良好だったそうです。
大杉さんは「夫婦喧嘩になってもしばらく沈黙があれば、僕の方から『ごめんな』って言うんです」と
語っています。
バラエティ番組では夫婦関係についてこんな風に表現している。
「(夫婦喧嘩になったときは)しばし沈黙があったら、僕のほうが『ごめんな』って言ってます」
出典:女性自身
夫婦喧嘩になっても、自分から歩み寄る——。
そんな大杉さんの優しい人柄は、近所でもよく知られていたようです。
また東京都内にある自宅では、近所の住民から「とても気さくなご夫婦だった」との
証言も!
ある日、水道が壊れた際には、弘美さんが「今、大杉が家にいるから呼んでくるね」と声をかけ、
大杉さんが自転車で部品を買いに行ったそうです。
「うちの庭の水道が壊れてしまったとき、大杉さんの奥さんが『あら、どうしたの?』と伝ってくれてね。うまくいかなかったので奥さんが『ちょっと待ってて。いま家に大杉がいるから呼んでくるね』と。大杉さんが水道を見て『(部品の)サイズが合ってないんだよ。よし、ちょっと買ってくるから待っててね』と、そのまま自転車で部品を買いに行ってくれたんです。有名な俳優さんなのに、本当に気さくで優しい人でした」(近所の住人)
出典:女性自身
名脇役と称された大杉漣さん。
家庭でもその姿勢は変わらず、奥様を主役として立て、陰から支える存在だったようです。
そんな2人の関係性は、どことなく理想的で、心が温かくなるような夫婦像を感じさせてくれます。
大杉漣に子供はいる?
大杉漣さんと弘美さんの間にはお子さんが2人います。
大杉漣の娘
大杉漣さんの娘は大杉そらさんです。
パティシエとして活動されており、
かつては「fritto(フリット)」というお店で勤務していたとのこと。
そして現在は「diritto(ディリット)」という店名に変更し、
東京・神楽坂に店舗が移転しているとの情報もありますが、今もそちらで働いているかは不明です。
大杉漣の息子

出典:徳島新聞
大杉漣さんの息子は、写真家・映像ディレクターとして活動する大杉隼平(ようへい)さんです。
カメラマンを志すきっかけとなったのは、東日本大震災の直後。
当時、NPOの支援活動に参加し、救援物資を届ける傍らで、原発から20キロ圏内の風景を撮影しました。
そのとき、「写真には、人の心を動かし、誰かの力になれる可能性がある」と実感し、写真の持つ力に深
魅了されたといいます。
この体験が、彼にとって「表現者として生きていこう」と決意する大きな転機になったそうです。
また、生前の大杉漣さんからは「不安と向き合え」という言葉を受け取り、
「言葉ではなく姿勢で見せてくれた父に感謝している」とSNSで語っています。
現在は、「100年後に残したい感性」をテーマに、サンゴ礁や日本の伝統工芸を題材とした
表現活動にも取り組んでおり、芸術家や研究者たちとコラボレーションした展覧会にも
精力的に参加しています。
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震災の現場で「写真の力」に気づいた隼平さんのまっすぐな想いが心に残りますね😊
また父・大杉漣さんの生き方を受け継ぎ、表現者としての道を歩む姿も印象的です。
言葉ではなく「姿勢で見せた父」との絆にも胸が熱くなります。
大杉漣さんの妻・弘美さんの現在
夫・大杉漣の遺志を受け継ぎ、事務所「ザッコ」を支える日々
大杉弘美さんは、夫である 大杉漣 さんの死後も、
彼の遺志を受け継ぎながら精力的に活動を続けています。
現在は、大杉さんが設立した芸能事務所「ザッコ」の代表取締役として、
所属俳優のマネジメントや作品づくりに携わりながら、夫が築いてきた場所を守り続けているそうです。
2023年には、夫婦で企画していた映画が主演男優賞を受賞するなど、
その活動は今も高く評価されています。
大杉さんが大切にしてきた作品や人とのつながりを、
弘美さんがしっかりと受け継いでいることが伝わってきます。
家族との絆を大切に、前を向いて歩む今
弘美さんは、夫の死後もファンや関係者への感謝の気持ちを
大切にしながら日々を過ごしています。
ときには忙しい日々を送りながらも、家族との時間を大切にしているそうで、
特に息子の 大杉隼平 さんとの絆もより深まっているといわれています。
大きな悲しみを経験しながらも前を向き、自分の人生をしっかりと歩み続ける弘美さん。
その強さと優しさは、多くの人の心を打つものがあります。
まとめ
今回は大杉漣の奥さん・大杉弘美さんについてまとめました。
草彅剛さんが大杉漣さんのギターを受け継ぎ、歌を捧げるという出来事がきっかけとなり、
再び注目を集めている大杉さん。
その陰には、若い頃から支え続けた奥さん・弘美さんの存在がありました。
名脇役を裏で支えた妻として、そして今なお映画業界で活動を続けるプロデューサーとして、
その生き方もまた多くの人の心に響くものです。
最後までお読みいただきありがとうございました。


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