テレビやドラマでおなじみの冨士眞奈美さん。
落ち着いた雰囲気と知的な存在感が印象的ですが、実はその原点は、
学生時代の“ある出会い”にありました。
本と音楽に夢中だった少女時代、
そして人生の方向を決めた一冊の本——。
ということで
今回は、冨士眞奈美さんの学歴とともに、女優としての原点をたどっていきます。
✅ 冨士眞奈美のプロフィール
✅ 小学校時代:本と想像の世界に夢中だった少女
✅ 中学校時代:音楽との出会いが心を揺さぶった
✅ 高校生時代:女優への道が見えた瞬間
冨士眞奈美のプロフィール

出典:X
-
名前:冨士眞奈美(ふじまなみ)
-
生年月日:1938年1月15日
- 年齢:88歳(2026年1月現在)
-
出身地:静岡県三島市
-
職業:女優、随筆家、俳人
-
学歴:静岡県立三島北高等学校卒業、俳優座付属養成所卒業
-
デビュー年:1956年
-
特技・趣味:ピアノ、文筆、俳句
小学校時代:飛鳥山のそばで過ごした、元気いっぱいの日々

出典:歩いて見ました東京の街
東京・滝野川で始まった幼少期
冨士眞奈美さんは静岡県三島市で生まれましたが、
幼い頃は東京・滝野川で暮らしていました。
1歳から6歳まで住んでいた家は、なんとあの1万円札でおなじみの渋沢栄一の邸宅のすぐ前!
飛鳥山の近くを走り回りながら遊ぶ毎日は、子どもながらにワクワクすることばかりだったそう。
男の子に混じって遊ぶ、活発な小学生だった
小学校名については公表されておらず、はっきりしたことは分かっていません。
ただ、当時の住所を考えると、滝野川周辺の学校に通っていた可能性はありそうです。
学校では男の子たちに混じって野球やビー玉、めんこで遊ぶ活発なタイプで、
時にはちょっと危ない遊びにも平気で挑戦していたとか。
本と自由が育てた、冨士眞奈美の原点
一方で、家に帰ると本の世界に夢中。父親の影響で読書が好きになり、
お小遣いを握りしめて本を買いに行くこともあったそうです。
「自分のことは自分で」という家庭の教えの中で、
遊びも読書も全力で楽しむ子ども時代を過ごしました。
こうした日々の積み重ねが、
後に女優として独特の存在感を放つ冨士眞奈美の原点になっていったのかもしれません。
中学校時代:オペラとの出会いが、人生を動かした

中学生になると、冨士眞奈美は静岡県三島市の中学校に通うようになります。
この頃の冨士さんにとって、忘れられない出会いがありました。
心を揺さぶった、教室でのある出来事
それが、音楽の授業で出会った一人の先生です。
その先生は元声楽家で、授業中に蓄音機を使ってオペラを聴かせてくれたそうです。
それまで特別に音楽に興味があったわけではなかった冨士さんですが、
その重厚でドラマチックな歌声に、一気に心を奪われました。
「こんな世界があるんだ」と、胸が高鳴った瞬間だったのかもしれません。
歌う楽しさが、未来への扉を開いた
中学2年生になると音楽部に入り、オペラのアリアを練習するように。
先生から借りた楽譜を手に、家の裏の畑で夢中になって声を出し、
文化祭では実際にオペラを披露する経験もしました。
人前で表現する楽しさを、体いっぱいで感じた時期だったのでしょう。
この頃から、冨士さんの中に少しずつ「表現する仕事」への憧れが芽生え始めます。
オペラを通して味わった感動や高揚感が、やがて女優という道へとつながっていきました。
中学生時代は、冨士眞奈美さんにとって人生の方向が静かに、
でも確かに動き出した大切な時間だったのです。
[adsense]
高校卒業後は大学には進学せず、女優の道を選び上京。
早くから現場に立つことを選んだ決断が、その後のキャリアにつながっていきました。
まとめ
今回は冨士眞奈美さんの学歴についてまとめました。
冨士眞奈美さんの原点は、決して派手なものではありません。
飛鳥山で駆け回った幼少期、本や音楽に夢中になった日々、そして『アンネの日記』との出会い——。
そんな小さな出会いや経験の積み重ねが、あの独特の落ち着きと存在感を育てました。
子ども時代の好奇心と高校で芽生えた「表現したい」という思いが、
女優・冨士眞奈美の人生を大きく動かしたのです。
冨士さんの歩みを知ると、あの画面越しの輝きが、ただの演技ではなく、
人生そのものからにじみ出ていることが感じられます。
最後までお読みいただきありがとうございました。



コメント